2018/06/14 18:38
そのむかし都市の良いところは、生活の便利さと垢抜けた商品やセンスの良い品揃えとも言われました。でもオンラインショップと、全国の駅ビル、郊外モールの普及で一気にそのありがたさも薄まってしまいました。
こうした流れとは別のところで、ご自分の価値観と確かな審美眼で、全国の意外な場所で、独自のお店/場所を生み出す人々がいます。その多くはどこにも属さない個人のお店としてご自分の看板を掲げ、そこでしか実現しない素敵な場所を生み出しています。
Instagramでは数万の人々に支持され、毎回全国のフォロワーさんから数多くの「いいね」を集める大分 別府のSPICAさん。
実際に訪れたそのお店は、モニター画面で見る美しさよりも、さらに数倍素敵な場所でした。
訪れたのは今年の1月と随分時間が経ってしまいましたが、「eavamお取扱い店訪問記」別府編をお届けします。
別府といえば、古くからの温泉の町という印象でしたが、実際に訪れてみると、なんとも不思議な場所です。
いかにも伝統的な温泉場という風のクラシカルなバーやスナックが並ぶ飲食街、昭和の香り漂う商店街に、丸々太ってこれ以上はないくらい大きな猫たちが並ぶ、懐かしさ満点の区画があると思えば、地元の新鮮な野菜や魚介類、その場で作って売るお惣菜屋さんが並ぶ市場にロールケーキ発祥のケーキ屋さんがあり、美しい古民家をリノベートしたセレクトショップや、大分の伝統工芸品の繊細な竹細工を並べたミニマルな空間作りが潔いギャラリーなど、新しい眼差しと試みが感じられる場所があったり、今と昔が心地よく入り合う、新鮮さがありながらゆったりとした空気が漂っています。
その中でも名前のようにピカイチの存在で、県外にもファンが多いSPICAさんですが、歩いて行くとここに本当にあの素敵な空間があるのかしら?と少し心配になってくる、賑やかな区域からは少し外れた場所にあります。しかも、お向かいは建具屋さん。
なんだか不思議な距離感覚の中に存在していました。
しかし、オーナーの高野豊寛さんにお話をうかがうと、その不思議な立地や空間の成り立ちはとてもしっくりくるものでした。
まず、高野さんは、生まれも育ちも別府です。
そして、SPICAのお店はもとは建具屋さんだったおじいさんの作業場で、店内の奥が高くなっているのは、そこにかつての住空間があったから。
手前の土間だったスペースが広く、天井が高いのは、細長い建具を移動させたり吊り下げるための必要から。
お店の中央にある、天板の厚さは10センチ近くありそうなシンプルで丈夫で細長い、美しいけれどとっても重そうなテーブルも、もとはおじいさんの作業台。
高野さん自身は子供の頃、今はお店である場所でおじいさん達が作業するのを興味深く眺めて育ったのです。
(ちなみに生家の建具店は今もSPICAのお向かいで現役です!)
建具屋さん時代の壁などはとりのぞかれ、何気ない素の空間にリフレッシュされ、お店になったこの場所ですが、高さや広さ、残された什器にはそれがそれである必然があり、そこに高野さん自身の記憶や親しみが重なって、建具が作ったシンプルで美しい空間と高野さんご夫婦が選ぶ雑貨と、それぞれアプローチは異なるものの、日常の生活を美しく整えるという方法の提案という生業の根源は、思いがけない形で継承されたのでした。
お店に並ぶ品々も、シンプルで初々しいと同時に、どこかクラシカルだったり懐かしさがあり、おじいさんの作業テーブルだった什器に代表されるようなアンティークの家具と新しい家具、さっぱりとしたモルタルの床などとの組み合わせにも同様のコンセプトが感じられます。これには、高野さんの仕事がアンティークなどを扱うことに始まり、さまざまな場所や人と出会うことを重ねてきたことにも理由があるようです。
私たちが訪問した時、2015年に新設されたギャラリースペースでは運天達也さんの木の器が展示されていましたが、こちらも木の割れや朽ちを活かした、新しさと時間を経たものの二つの表情を持つものでした。
また、運天さんのものづくりのコンセプトを象徴するように展示された、土の中から見つかった、小さな生物達に喰われ、風雨に浸食されて朽ちつつある大きな材木は、展示が終わると、再び土の中へ埋められ朽ちていく時間の中に帰るとのこと。それぞれ日々使われること、時を経ることによって、趣のある表情が生まれるものたちでした。
そんな時間や人の手を経ることで表情が美しく深まり、使う側との親しさも密になる生活の品々を提案するSPICAさんが選ばれたのは、eavamのプロダクトは、ミツロウコーティングした石鹸です。
そもそも石鹸は、使うほどに溶けて小さくなり、最後は消えてしまうものですが、その形の変化や消えていくさまは、石鹸の泡立ちともあいまって、はかなく愛おしく郷愁を感じる存在です。
eavamは、そこにパッケージとしてミツロウによるコーティングを加えたことで、ミツロウが人の生活に取り入れられてきた文化という長い時間も石鹸に付加しました。長い時間を感じさせることは、SPICAの店内にある物達と共通の要素でもあるでしょう。
このミツロウコーティングのパッケージは、これはコールドプロセス石鹸の真空パックに由来します。コールドプロセス石鹸は、グリセリンなど保湿成分を多く含むため、空気中の水分を吸収して柔らかくなったり、酸化したりする弱点があるため、添加物を使わず長期保存し、新鮮な状態で流通させる方法として、しばしば真空パックが採用されます。
コールドプロセス石鹸を真空パックする方法は私たちが考案したものですが、しかし、新しいブランドeavamでは、自然や歴史に学んで、より良い方法を見出し、新しい方法を作り出すことをコンセプトと、真空パックの原型とは何か?ゴミや消費エネルギーを減らし、機能は維持したまま、よりミニマルに美しいパッキングはできないか?という問いを立て、ミツロウコーティングを考案しました。
人が、ミツバチの恩恵を生活に取り入れるようになったのは旧石器時代に始まるといい、ミツロウは、キャンドルや防水剤、チーズやワインの乾燥防止の封蝋、鋳物の原型作りなどに用いられてきましたが、私たちの石鹸もそのミツロウと人の歴史の流れの中に入れることができたのです。
石鹸を包むミツロウは、石鹸を空気から遮断することで品質を維持しますが、石鹸を取り出したのミツロウは、体温で柔らかくし、開封ガイドの木綿糸を芯にして形を整え、てミツロウキャンドルを作ることができますし、子供用の安全なミツロウ粘土、家具や床などのワックスなどにも使えます。無駄を出さず、少し手間をかけることで、生活を楽しく趣あるものにします。
また、その外装は手すき紙と手で績んだローヘンプの糸だけ。いずれもリサイクルできるものです。
時間を経るとともに朽ちたりしながら形を変えることで、日々を美しく楽しみに満ちたものにしながら、その人の生活に溶けるように添うていく。
手間をかけたり、時間の流れに寄り添うことで生活の美を深めるものを紹介しつづけているSPICAさんが、eavamの石鹸を選んだこと、柔らかで清潔な陰影ある空間に、石鹸たちがそっとうずくまるようにある様子に、さもありなんと納得したのでした。